最悪の出会いを果たした、わたしと麻雀。

 

残っているのは、ただ長い時間を無為に過ごしたという虚無感だけ…

 

かと思ったら…

 

まあ今現在、わたしの生活と麻雀が切っても切れない関係になっていることを見ても、

 

その後ずぶずぶ麻雀にのめり込んでいったことに疑いの余地は無いのですが。

 

最悪の出会いをしたはずのわたしと麻雀。

 

一体何があったというのでしょう?

 

その後もなんやかんや麻雀に誘われたわたし。

 

なんとなく断ったら、今後何かにつけて麻雀以外の用事にも誘われなくなってしまうのではないか?という、今思うと情けない理由でOKをし続けました。

 

そういった後ろ向きな理由とはいえ、やるからにはルールも覚えないと面白くありません。

 

最初は負けてばかりだったのでそれはそれは悔しいものでした。

 

負けすぎて同情から手を抜かれることもありました。

 

これほど悔しいことがあるでしょうか?

 

なので少しでも覚えて、強くなり、みんなの鼻を明かそうと麻雀の勉強を始めたのです。

 

今と違ってネットもそんなに発達していなかった時代です。

 

Google検索SNSといった情報収集はできません。

 

本屋に行って初心者向けの入門書を買ったり(初心者向けにツキを味方にする方法が事細かに書かれており、何の参考にもなりませんでした

 

当時持っていたSEGAのゲーム機・ドリームキャストの麻雀ゲームを買って、ずっとやっていました。

 

麻雀ゲームの良い点は、麻雀自体の進行がよく分からなくても、勝手に進めてくれるところだと思います。

 

鳴ける牌が出ればチュピっと止まってくれますし、

 

テンパイしたらリーチするかどうかも聞いてくれます。

 

さらにこのゲームには初心者向けにどれを切ったらシャンテン数が進むかを教えてくれるアシスト機能もありました。

 

当時シャンテン数の意味はイマイチよくわかりませんでしたが、

 

これ切って二向聴、

 

これ切って一向聴、

 

というように数字が減っていくことで、手が進んでいる雰囲気を味わえたのが楽しいゲームで、とりあえずやってるだけで何となく麻雀が出来ている気にさせてくれました。

 

しかし麻雀ゲームの本当に良い点というのは、本当に大事な細かいことは全く教えてくれない点にあると思います。

 

例えばみなさん経験があるかと思いますが、鳴いて役無しでアガれなくて「なんでっ!?」ってなったことありますよね?

 

麻雀ゲームはこの「なんでっ!?」という部分を教えてはくれません。

 

これが講師のいる麻雀教室や、頼んでもいないのに教えたがり麻雀おじさんだったらすぐに教えてくれるでしょう。

 

しかし、すぐに答えのわかる環境というものは好奇心を刺激しません。

 

人は「なんでっ!?」に好奇心を刺激されるのです。

 

実際わたしはこの「なんでっ!?」が積み重なれば積み重なるほど、麻雀への興味が日を追うごとに増していきました。

 

日々見つかる麻雀の「なんでっ!?」

 

ゲームをプレイするごとにわからないことがドンドン増えていくわけで、それだけ聞いたら途中で挫折するのが当然だとみな思うでしょう。

 

しかし、いわばこの麻雀の「わからなさ」がわたしにとって大きな魅力となっていたのです。

 

よくこういう「なんでっ!?」という場面に遭遇すると、初心者は麻雀をすぐにやらなくなってしまう、というような意見を目にしますが、麻雀の面白さはそんなに底の浅いものでは無いというように感じます。

 

わからないならわからないで、他の部分に楽しさを見出す事ができるのも麻雀の面白さだと思いますし、

 

それができない人というのは、どのみち大して長続きしないでしょう。

 

わたしの場合は最初はクチャクチャだった配牌がだんだんキレイになっていくことや、

 

単純に牌を触っているだけで楽しいと感じました。

 

先述した麻雀ゲームで、何となく麻雀できる気にさせてくれたのも、大きな要因となりました。

 

そうやって自分なりに楽しいと思う部分を見出し、何となく遊び続けていた結果、大学の友人達とはそれなりに遊べるようになってきました。

 

続く

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