みなさんこんにちは。

管理人です。

最近、自分の麻雀観について特に考えることが増えました。

 

 

それは大会やフリーなどで色んな人の麻雀を見たり聞いたりする中で、みんなそれぞれ個性的な考えを持っているんだなぁ、と感じたことが一つの要因です。

 

気心の知れた仲間との麻雀を楽しむ人、

 

手牌の読みを楽しむ人、

 

勝つことに執着を燃やす人、

 

何にも考えていない管理人みたいな人…

 

 

様々な人がいる中で自分が麻雀で大事にしていることってなんだろう?

そう考えているうちにひとつのテーマにたどり着きました。

大げさなことを言ってしまうと、自分の人生観にもつながっているなぁとも感じ、コラムとして書いたら面白いかなと思い、書いてみることにしました。

 

 

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闘わない麻雀

自分が麻雀で大事にしている事。

それは「闘わない」ということです。

 

「はぁ? なにそれベタオリしてろってこと?」

 

もちろんそうではありません。

僕が思う、闘わないという事は、

 

結果と闘わない = 結果にこだわらない

ということです。

 

麻雀とは4人が点棒の多寡でもって、着順を競うゲームです。

3着・4着しか取れなければ、スコアはマイナスになるばかり…出来れば誰もがトップを取りたい。

みんなこう思っていることでしょう。

 

結果が出なければ意味がないじゃないか!

そう思う人もいるでしょう。

とはいえ、麻雀というゲームはその大部分が不確実性に支配されています。

どれほど最適な戦略を取ったとしても裏目を引くこともありますし、最悪の場合は和了を逃した上に、放銃という無残な結果になることもあるでしょう。

しかし麻雀とはそもそもこういった要素を内包したゲームなのです。

愚痴ったところでゲームの仕組みが変わるわけではありません。

行動を選択することはできても、その行動の結果を選択することはできません。

麻雀の結果は不確実性に支配されているからです。

 

 

結果にこだわらなくなったことで自由度が広がった。

かつての管理人は、

何としてもトップを取らねば…

放銃するのはカッコ悪い…

ミスするのは恥ずかしい…

といったように、結果を気にするあまり、手が縮こまってしまい、結果チャンスを逃すということがたくさんありました。

しかし、トップになるのもラスになるのも、和了ったり放銃したりするのも全て麻雀というゲームの結果として当然の事象です。

人間ですからミスもします。

ミスをした過去は取り消せません。

いちいち気にしていたら限りあるエネルギーを無駄に消費し、疲れるだけです。

ゲームの結果はコントロールできない。ミスはどんなにエネルギーを使っても取り消せない。

そこに気づいてからは、「今この状況で何を選択するか」という部分に、今まで無駄にしていたエネルギーを注ぐことができるようになりました。

つまり自分の限りあるリソースを自分がコントロールできる部分のみにフォーカスしたということです。

これができるようになると、先入観もなくなり色んな選択を試す余裕も出てきました。

  • これまでは鳴かなかったようなところを鳴いてみたり、
  • ドラの対子トイツをぶった切って、別の色の清一色を和了りきったり、
  • 人目もはばからず大明槓だいみんかんしまくってみたり、
  • ゴミみたいな配牌からベタオリ上等でとりあえず仕掛けたらハネマンの和了になったり…

こうやって試した事がうまくいくと、がぜん麻雀も楽しくなってきます。

ゴミみたいな配牌も楽しめるようになり、意外とそういう手も和了れたりするので、ツモも良くなったような錯覚すら覚えました。

すると不思議なもので、成績も以前と比べて上昇傾向になりました。

以前はトップ率が低く、2着と4着が多くなるというのが管理人のいつもの成績だったのですが、

今では、トップも取れるようになり、4着の回数が激減しました。

といってもどちらも200半荘くらいの結果であり、これからも変動していくでしょうが、意識を変えることで得られる結果もあるのです。(たまたまかもしれませんけどね!)

 

まとめ:結果と闘うな。自分がコントロールできる領域に力を注ごう

いかがでしたか?

人それぞれ、麻雀に対する向き合い方はあると思いますが、この記事の内容が麻雀に悩む方にとって少しでもお役に立てれば幸いです。

それではよい麻雀ライフを!

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